最前線の子育て論byはやし浩司

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<<   作成日時 : 2012/02/08 08:27   >>

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 子育て最前線の育児論byはやし浩司     2月  13日号
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

休みます。

【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●1月5日

●怪談

 私は、子どものころから怪談が苦手。
どこかでそういうトラウマを作ってしまったらしい。
もともと閉所恐怖症だったから、暗い所や、狭いところが嫌いだった。
が、よく覚えているのは、映画。

 当時、猫化け映画や怪談映画が、流行(はや)った。
その中に四谷怪談とか牡丹燈籠というのもあった。
播州皿屋敷というのもあった。

 そういう映画を見に行くと、決まって映画館の通路に、祭壇がもうけてあった。
その上に、線香がたいてあった。
私たち子どもは、それを見ただけで、震えた。
私が小学1〜3年生のころのことである。

●恐怖体験

 こうした恐怖体験は、子どものうちは、しないほうがよい。
今ではそれが常識だが、当時の日本には、まだそれがなかった。
子どもの心理がどうのこうのと、問題になるようなことはなかった。
おとなたちは、むしろ、そういうふうに子どもたちが怖がったりするのを、楽しんでいた。
映画館の中でも、私たちの恐怖心をあおりたてるようなことを、平気で言った。
「あれは本当の話だ」とか、何とか。

 そのこともあって、今でも、怪談が苦手。
日本の会談は、どこか湿っぽい。
あの湿っぽさが、苦手。
旅館に、古い行燈(あんどん)があったりするだけで、背筋に冷たいものを感ずる。

 ……実は、その古い行燈が、先日泊まった旅館の中にあった。
木製の、障子張りのものだった。
遠い昔、女性に化けた猫が、その行燈の油を、ペロペロとなめていた……。
ゾーッ!

●女たらし

 ほかにも、苦手なものがいくつかある。
その第一が、女性。
私は、団塊の世代がみなそうであったように、中学に入るまで、女の子と遊んだ経験がない。
女の子と遊んでいると、「女たらし」と言って、馬鹿にされた。
……というか、女の子と遊んでいる男を、「女たらし」と言って、馬鹿にした。

 女の子と遊ぶことは、悪いこと。
そう思っていた。

●腕白ボーイズ

 だからいまだに、女性が苦手。
ついでに言えば、女の子を教えるのも苦手。
どうしても一歩、退いてしまう。
距離を置いてしまう。

 半面、私がそうだったということもあって、腕白ボーイズが得意。
そういう子どもたちを相手に、ワイワイやっていると、そのまま私の子ども時代に、そのままタイムスリップしてしまう。

●傷

 このように人間の心というのは、その成長過程で、雑音のように作られていく。
「雑音」というのもおかしな言い方だが、それに近い。
種々雑多なことが、無秩序に積み重なって、心はできていく。
その途中で、「傷つく」ということも、ある。
が、傷つくことを恐れてはいけない。
だれしも傷まるけになりながら、おとなになっていく。
(もちろん傷にも、程度の差というものがあるが……。)

●ひ弱な子ども

 で、最近よくこんなことを考える。
今の若い母親たちは、神経質すぎる、と。
「もう少し、乱暴に育ててもいいのではないか」と思うときも、多い。
こうした傾向は、学校教育の場でも、みられる。

 このあたりの小中学校でも、子どもが学校で怪我をしたりすると、かならず病院へ連れていくことになっている。
とくに首から上の事故のばあいは、教師が診断書をもって、家庭訪問をすることになっている。
「そこまでするのですか?」と聞くと、「そこまでします」と。
ある小学校の校長が、そう教えてくれた。

 怪我の程度にもよるが、子どもというより、「子ども様々」。
こういう環境の中で、子どもはますますひ弱になっていく。
日本国内では、それでよいとしても、日本から一歩外に出れば、通用しない。
こんなニュースが、先週、どこかのサイトに載っていた。
記憶によるものなので、内容は不正確。

●強行着陸

 どこかの国の飛行機が、中国のある空港に着陸しようとした。
が、濃霧か何かで、その空港に着陸できなかった。
そこで50キロ離れた、別の空港に着陸しようとした。
残りの燃料は、10分を切っていた。

 そこへ中国国内の航空会社の飛行機が接近してきた。
「私のほうが先」と。
そこでそのどこかの国の飛行機は、上空で待機した。
が、燃料がいよいよ5分を切った。
そこで再度、「先に着陸させてほしい」と連絡したら、中国の飛行機の機長はこう言ったという。
「こちらは4分しかない。だから先に着陸する」と。

 そこで先に、中国の飛行機が着陸し、つづいてどこかの国の飛行機が着陸した。
どこかの国の飛行機は、燃料切れ寸前だった。
しかもギリギリの強行着陸。
あわや衝突事故……というような、ギリギリの強行着陸だった……という。

 が、ここからが実に中国らしい話。
あまりにも中国的!

 着陸したあと、中国の飛行機の燃料を調べたら、1時間分も残っていたという。
つまり中国の飛行機の機長は、ウソを言っていた。

 この先、すでに現在がそうだが、私たち日本人は、こうした連中を相手に商売をしていかねばならない。
今の日本の子どもたちに、その野生臭があるか?
(以上、記憶による話なので、内容は不正確。

●記憶錯誤

 ここで脱線。

 この事件について、調べてみた。
あちこちを検索したら、いろいろわかった。

 事件は2011年の08月28日に起きた。
ここに書いた「どこかの国」というのは、「カタール」のことだった。
また中国機(吉航空機)を操縦していたのは、韓国人のパイロット。
なお管制官にこうした虚偽の報告をしたり、支持に従わなかったばあい、パイロットは死刑になる可能性もあるという。

 記憶というのは、こういうものかもしれない。
ストーリーは覚えているが、枝葉の部分は、すべて消えてなくなる。
記憶錯誤が起きる。
それはともかくも、さて本題。

●「好きな子どうし並んでいい」

 日本を一歩、外に出れば、そこは野獣うごめく海千山千の世界。
食うか食われるか。
中国には、こんな格言すらあるという。
『だまされる前に、だませ。だまされたほうが、バカ』と。
きれいごとだけでは、生きていくことすらむずかしい。

 今の若い母親たちには、そういう現実が、まったくわかっていない。
それこそ先生に、子どもがプリントで頭を叩かれただけで、「そら、体罰!」と言って騒ぐ。
これも本当にあった事件だが、こんなことがあった。

 ある学校で、先生が子どもたち(小1児)の席決めをすることになった。
そのとき先生が、こう言った。
「好きな子どうしで並んでいい」と。
が、この言葉に1人の母親が、猛反発。
こう言ったという。
「うちの子のように、友だちがいない子どもは、どうしたらいいのか。そういう子どもに対する配慮に欠ける行為。許せない!」と。
校長室にまで怒鳴り込んでいって、「あんな教師、やめさせろ!」とまで言ったという。

(この事件について書いた原稿があるはず。
記憶を正すため、探してみる。)

●訂正

 1999年ごろに書いた原稿が見つかった。
そのまま紹介する。

『ある日一人の母親が私のところへやってきて、こう言った。
「学校の先生が、席決めのとき、『好きな子どうし、並んでいい』と言ったが、うちの子(小2男児)のように友だちがいない子どもはどうすればいいのか。
そういう子どもに対する配慮に欠ける行為だ。これから学校へ抗議に行くので、あなたも一緒に来てほしい」と』(1999年ごろに書いた原稿)と。

 ここでも記憶錯誤が起きている。
先に「小1男児」と書いたのはまちがいで、正しくは「小2男児」。
「校長室まで怒鳴り込んでいった」というのは、私の憶測。
が、そのときの雰囲気はよく覚えている。
その母親とは、道路でバッタリと会った。
「先生!」と声をかけられたから、振り向くと、その母親がそこに立っていた。
そこで、その話になった。
「これから学校へ抗議に行く。先生も(=私も)、いっしょに来てほしい」と。
ものすごい剣幕だった。

 そのときの原稿を読みながら、今、こう思う。

「小1の子どもではなく、小2の子どもだったのかあ……」と。
私はそのときの雰囲気で、「校長室へ怒鳴り込んでいく母親」を想像した。
だから今、記憶の中では、そうなっている。

 ついでに、そのとき書いた原稿を、全文、紹介する。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●過関心は子どもをつぶす

 子どもの教育に関心をもつことは大切なことだが、しかしそれが度を超すと、過関心になる。
こんなことがあった。

ある日一人の母親が私のところへやってきて、こう言った。
「学校の先生が、席決めのとき、『好きな子どうし、並んでいい』と言ったが、うちの子(小2男児)のように友だちがいない子どもはどうすればいいのか。
そういう子どもに対する配慮に欠ける行為だ。
これから学校へ抗議に行くので、あなたも一緒に来てほしい」と。さらに……。

 子どもが受験期になると、それまではそうでなくても、神経質になる親はいくらでもいる。
「進学塾のこうこうとした明かりを見ただけで、カーッと血がのぼる」と言った母親もいたし、「子どものテスト週間になると、お粥しかのどを通らない」と言った母親もいた。
しかし過関心は子どもの心をつぶす。
が、それだけではすまない。
母親の心をも狂わす。

 子どものことでこまかいことが気になり始めたら、育児ノイローゼを疑う。
症状としては、ささいなことで極度の不安状態になったり、あるいは激怒しやすくなるのほか、つぎのようなものがある。
(1)どこか気分がすぐれず、考えが堂々巡りする、
(2)ものごとを悲観的に考え、日常生活がつまらなく見えてくる。さらに症状が進むと、不眠を訴えたり、注意力が散漫になったりする、
(4)無駄買いや目的のない外出を繰り返す、
(5)他人との接触を避けたりするようになる、など。

 こうした症状が見られたら、黄信号ととらえる。
育児ノイローゼが、悲惨な事件につながることも珍しくない。
子どもが間にからんでいるため、子どもが犠牲になることも多い。
 過関心にせよ、育児ノイローゼにせよ、本人自身がそれに気づくことは、まずない。
気づけば気づいたで、問題のほとんどは解決したとみる。
そういう意味でも、自分のことを知るのは本当にむずかしい。
『汝自身を知れ』と言ったのはターレス(古代ギリシアの七賢人の一人)だが、哲学の世界でも、「自分を知ること」が究極の目的になっている。

で、このタイプの親は明けても暮れても、考えるのは子どものことばかり。
子育てそのものにすべての人生をかけてしまう。
たまに子どものできがよかったりすると、さらにそれに拍車がかかる。
いや、その親はそれでよいのかもしれないが、そのためまわりの人たちまでその緊張感に巻き込まれ、ピリピリしてしまう。
学校の先生にしても、一番かかわりたくないのが、このタイプの親かもしれない。

 あなたがここでいう過関心ママなら、母親ではなく、妻でもなく、女性でもなく、一人の人間として、生きがいを子育て以外に求める。
ある母親は、娘が小学校へ入学すると同時に手芸の店を開いた。
また別の母親は、医療事務の講師をするようになった。
そういう形で、つまり子育て以外のところで、自分を燃焼させる場をつくり、その結果として子育てから遠ざかる。

●ターレス

 ハハハ、ここでまた記憶錯誤!

 先の原稿の中で、「ターレス」という名前を書いた。
が、「キロン」ではなかったのか。
それについて書いた原稿も見つかった。
日付は2009年6月になっている。
そのまま紹介する。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●『汝自身を知れ』(Know Yourself)
古代ギリシャの7賢人、アポロン神殿)

++++++++++++++++++++++

おととい講演をしているとき、『汝自身を知れ』という
言葉の話をした。
しかしその場で、それがだれの言葉あるかを忘れて
しまった。
ショックだった。
あれほどまでに有名な言葉の作者を忘れてしまうとは!

スパルタのキロンだったのか?
それともギリシャのターレスだったのか?
スパルタだったのか、それともギリシャだったのか?

ソクラテスはその言葉に、電撃的な衝撃を受け、哲学
の本質を知った。

++++++++++++++++++++++

●ターレス

 私は『汝自身を知れ』というのは、長い間、スパルタのキロンの言葉と思っていた。
あちこちの原稿に、そう書いた。
が、あるとき、掲示板にそのまちがい(?)が指摘されていた。
「キロンではなく、ターレスだ」と。

 そのとき書いた原稿をさがしてみる。
が、便利になったものだ。
いちいち自分の原稿を開かなくても、ヤフーの検索を使えば、即時にそれができる。
検索窓に、「はやし浩司 汝自身を」と記入して、(検索)ボタンをクリックすればよい。

 で、わかったことは、『汝自身を知れ』とは、ギリシャのアポロン神殿に刻まれている、
七賢者の一人、ターレスの格言ということがわかった。

 しかもターレスというのは、『古代ギリシア世界には7人の卓越した賢者がいたといわれるが、その7人が誰であるのかについては諸説あり統一的な見解は得られていない。
古代ギリシアの7賢人として一般的に知られている人物は、ターレス(タレス)、ソロン、ペリアンドロス、ビアス、ピッタコス、クレオブゥロス、ケイロンである』。

『ターレス(B.C.624−546)は、名門出身だったので、初め政治家としての
道を志すが、その後天文学など自然学の研究に熱意を燃やし、万物の根源(アルケー)
を探求する自然哲学の祖としての思索を行った』(以上、『』内、Biglobe・HP
より、転載)。

 キロンではなく、ターレスだった。
思い出した!
それにターレスというのは、古代ギリシャの7賢人の1人。
スパルタ、ではない。

 で、こうした記憶というのは、しっかりと上書きしておかねばならない。
また時間がたつと、その下の記憶が表に出てきてしまう。
記憶が混乱してしまう。

 古代ギリシャの7賢人の1人、ターレスが、ギリシャのアポロン神殿に残した言葉。
それが結論ということになる。
が、不安が残る。
このところ自分の脳みそが信用できなくなった。
こういうときは、どうするか?
どうすれば、記憶として、脳みその中に残すことができるか?
ウ〜〜ン……。
高校の受験生のように、クソ暗記するしかない。
キーワードは、「古代ギリシャ」「アポロン神殿」「ターレス」である。
どれもよく知っている言葉だが、どうかすると、ポンとそれらの言葉を思い出せなくなってしまう。
脳みその老化が進むと、そういう現象はよく起きるという。
「ド忘れ」ともいう。
これから先、そういうことが多くなるだろう。
心して、脳みその中に叩き込もう。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て Hirosh
i Hayashi 林浩司 BW BW教 ターレス はやし浩司 汝自身を知れ 
古代ギリシャ 7賢人 アポロン神殿 はやし浩司 キロン)

(こうして(↑)、検索ワードを書き加えておけば、ヤフーもしくは、グーグルでの検索
ができるようになる。
すでに多くの人もしていると思うが、私がオリジナルに考えた方法である。)

 またこういうことも言える。
私はすでに、この5年間だけでも、3万ページ以上(40x36字)の原稿を書いた。
が、2600年後に残る言葉など、一行もないだろう。
しかしたーレスは、アポロン神殿に、『汝自身を知れ』という言葉を残した。
たったの一言である。
しかしその一言が、2600年を経た今、哲学の(柱)になっている。
すごいことと思う。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て Hirosh
i Hayashi 林浩司 BW BW教 ターレス はやし浩司 汝自身を知れ 
古代ギリシャ 7賢人 アポロン神殿 はやし浩司 キロン)

●01月05日

 話が「怪談」から、「私の子どものころ」。
そしてさらに「ひ弱な子ども」から「記憶」へと脱線してしまった。
最後は「親の過関心」から「ターレス」。
脱線につづく脱線。

 ここまで読んでくれた人に感謝しながら、今朝はここまで。
今朝の私の脳みそは、ここに書いたエッセーのように、バラバラ。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 親の過関心 はやし浩司 過関心)


Hiroshi Hayashi+++++++Jan. 2012++++++はやし浩司・林浩司


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【拡大する、貧富の差】

●マグロ1匹、5649万円!

 まず、ブルームバークの記事より。
マグロ1匹が、5649万円で、競(せ)り落とされた、とか!

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

1月5日(ブルームバーグ):
東京・築地の中央卸売市場では5日朝の初競りで、青森県大間産の269キログラムのクロマグロが1本5649万円で競り落とされた。
1キログラム換算では21万円となる。
落札した寿司チェーン店「すしざんまい」を経営する喜代村の広報担当、梅原裕史氏が明らかにした。

マグロを競りに出した東都水産や、中央卸売市場ウェブサイト情報によると、記録のある近年の初競りの最高値は昨年の3249万円(北海道戸井産、342キロ)。
喜代村では、今回のマグロ1本をにぎり寿司にした場合、1万貫余りになるだろうとみている。(以上、Bloomberg記事より)

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●計算

 どうも計算が合わない。
1匹が、5649万円。
キロ当たり、21万円。
このマグロで、1万貫の寿司が握れるという(Bloomberg)。
ということは、1貫につき、5649円。
わかりやすく言えば、寿司1個が、5649円。
しかもそれが原価。

 記事のまちがいではないのか。

 念のため、今度は、キロ当たりで計算してみる。
1キロで、21万円。
100グラムで、2・1万円。
10グラムで、2100円。
1グラムで、210円。
一円玉の重さのマグロが、210円!

 回転寿司屋で出される、薄い切手のようなマグロでも、5グラムはある。
ということは、1貫で1050円!
仮に1貫が5グラムとすると、269キロのマグロなら、269000(グラム)÷5で、5万3800貫ということになる。
つまり約5万4000貫の寿司が握れる。
が、それを1貫100円で売ったとしても、売り上げは、約540万円。
やはり1貫を1000円前後で売らなければ、採算は合わないということになる。

 ……こうして四方八方から計算してみるが、私にはどうしても理解できない。
計算が合わない。
どうなっているのか。
私の計算によれば、超高級料亭で、1貫、1万円程度で売らなければならない。
しかしそんな寿司を食べる人はいるのだろうか。

●貧富の差

 「不況、不況と言いますがね、1泊1名、10万円という旅館に泊まる人もいますよ」と。
(夫婦2人で、20万円!)

 岐阜県の下呂市(下呂温泉郷)に住む知人が、そう言った。
そういう客なら、1貫1万円のマグロ寿司を口にできるかもしれない。
で、そういう客は、例外的な客かと思ったが、実際には、そうでもないようだ。
「1泊9000円前後の宿に泊まる客と、1泊10万円以上の宿に泊まる客との、2極化が進んでいます」とも。

 これを貧富の差と言わずして、何という?

●バブル経済

 温泉街は、日本経済の縮図。
ときどきそう思う。
見た目には、超高級旅館。
しかし中は、それなりにボロボロ。
ちょうどバブル経済のころのこと。
こうした超高級旅館が、まるで雨後の竹の子のように、あちこちで建築された。

 そういった旅館が、今、大不況のドン底で、あえいでいる。
バブル経済が破たんして、22年※。
「それなりにボロボロ」というのは、どの旅館も、22年程度の月日を感じさせる。

(注※『日本の景気動向指数で見る景気循環における第11循環の拡大期にあたる。指標の取りかたにもよるが、概ね、1986年12月から1991年2月までの4年3か月(51か月)間を指すのが通説である』(ウィキペディア百科事典、「日本のバブル景気について」))。

 そこで今、都会の資本が、こうした倒産寸前のホテルや旅館を、買い占め始めている。
丸ごと買い取るわけだが、その価格は、「驚くほど、安い」とのこと。
で、その結果生まれたのが、1泊8000〜9000円前後の格安旅館。

●日本経済の象徴

料理は、バイキング方式。
布団敷きは、セルフ。
昔風のサービスは、ほとんどない。
仲居さんといっても、人材派遣会社から派遣された、言うなればパート。
旅館のことは、何も知らない。

 つまりこれが現代の日本経済を、そのまま象徴している。
わかりやすく復習すると、こうなる。

(1) バブル経済のころ、豪華な旅館がつぎつぎと、建った。
(2) バブル経済が、崩壊した。
(3) 旅館業は大不況の時代へと突入した。
(4) 温泉街は、真冬の時代を迎えた。
(5) 倒産も相次いだ。
(6) 大手資本が、そういった旅館を買いたたいた。
(7) 内装をしなおし、安い旅館として再生した。

 どうであるにせよ、日本は22年前に、時計の針を止めてしまった。
どこの旅館街も、またそこにある旅館も、22年前のまま。

●利得権

 そのはざまにあって、貧富の差は、急拡大している。
それもそのはず。
これだけ市中に現金をばらまけば、こうなるのは、わかりきったこと。
利得権や資格、保護に守られた企業や団体、個人は、こういう不況下にあっても、私が世の春を謳歌している。
公務員もその中に含まれる。
(今朝のニュースによれば、公務員のばあい、父母、孫にまで遺族年金が支払われているという(MSN)。
配偶者に支払われているという話は聞いていたが、父母や孫にまで、という話は知らなかった。
これは余談。)

 こうした貧富の差を測るバロメーターとして、「ジニ指数」というのがある。
「ジニ係数」ともいう。
そのジニ指数について書いた、私の原稿をさがしてみる。
「豊かさとは何か」という原稿が見つかった。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

【豊かさとは何か】

●相対的貧困層 

+++++++++++++

貧困かどうかということは、
相対的な満足度によって決まる。

家と車と家電製品をもっていても、
貧しい人は、貧しい。

その日、その日を生きていくだけで、
精一杯という人も、少なくない。

そこで最近では、国の豊かさを
測る尺度として、「相対的貧困率」
という言葉を使う。

+++++++++++++

 生活の豊かさは、「モノ」では決まらない。
いくら家と車と家電製品をもっていても、貧しい人は、貧しい。
その日、その日を生きていくだけで、精一杯という人も少なくない。

 そこで最近では、国の豊かさを測る尺度として、「相対的貧困率」という言葉を使う。
わかりやすく言えば、生活に対する満足度ということになる。

 それによれば、

 メキシコ  ……20・3(満足度が、もっとも低い)
 アメリカ  ……17・1
 トルコ   ……15・9
 アイルランド……15・4
 【日本】  ……15・3
 ポルトガル ……13・7
    ……
    ……
スウェーデン…… 5・3
チェコ   …… 4・3
デンマーク …… 4・3、だ、そうだ。

(OECD24か国平均……10・4)(2005年)

 日本は相対的貧困率でみるかぎり、貧しい国としては、上位5位ということになる。
実際、「ワーキングプア」という言葉があることからもわかるように、この日本には、「働いても、働いても楽になれない」という人たちが、「全体の4分の1、400万世帯もある」(朝日新聞「キーワード」)そうだ。

 これらの人たちは、最低賃金や、生活保護以下の収入しか得られない人たちという。
つまりその分だけ、所得格差が進んでいる。
ジニ係数(ジニ指数ともいう)でみても、日本は、OECD25か国中、第10位ということになっている。
ジニ係数は、所得のかたよりを測る、「かたより指数」と考えてよい。

 たとえば高所得者の4分の1の世帯が、全所得の4分の3を占め、残りの4分の3の人たちが、残った4分の1の所得を分けあう状態で、ジニ係数は、0・5となる。
日本は、0・314(2005年)である。

 ……そういう意味では、この日本は、たしかに住みにくい国になりつつある。
何をするにも、お金がかかる。どこへ行っても、お金がついて回る。
まさに、マネー、マネー、マネーの国。
お金がないと、それこそ、身動きができない。

 そこで知恵をしぼって、たとえば休日でも、できるだけお金を使わないですまそうとする。
お弁当を用意して、無料の公園を散策したり、山歩きをしたりする。
が、それでもお金がかかる。
どういうわけだか、かかる。
そういうしくみが、できあがってしまっている。

 言いかえると、お金を使わないですまそうと思ったら、家の中で、ゴロゴロしているしかない。
しかしそういう生活を、だれも、豊かな生活とは言わない。
つまり今、日本人の多くが感じている貧困感は、そういうところから生まれている(?)。

 では、どうすれば、豊かに生きられるのか? 
「豊か」というより、「心豊か」と言いかえたほうがよい。

 私なりの実践法を並べてみる。

(1)家族が円満であること。
これは心豊かに生きるための、第一条件。
(2)みなが、健康であること。
これも心豊かに生きるための、第一条件。
かりにだれかが病気であっても、それを前向きに受け入れてしまう。
(3)収入の範囲で、ほどほどの生活をする。
できれば、常に最低限の生活を心がける。
(4)価値観を、(お金)から、(心)と(知恵)に移す。心の豊かさ、知恵の豊かさをもって、「豊か」と判断する。
(5)「私は私」という生き方を貫く。
世間体、見栄、体裁は無視。冠婚葬祭を含めて、儀礼を廃する。
つまり自分と他人を比較しない。

 私はとくに(4)が大切だと思う。
心や知恵は、みがけばみがくほど、そうでない人が、そうでなく見えてくる。
他人に対して優越感をもつことは、好ましいことではないが、しかしそのうち、愚かな人たちを相手にしなくなる。
「私は私」という生きざまを貫きやすくなる。

 ……ともかくも、相対的貧困率が高いということは、けっして望ましいことではない。
社会がそれだけ不安定化することになる。
また国の豊かさというのは、いかに弱者にやさしいかで決まる。
弱者にきびしい国というのは、それだけ未熟な国ということになる。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

ジニ指数は以下のようにして、計算する。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

**********以下、日本共産党のHPより***********

《ジニ係数の算出方法》

 ジニ係数の算出方法は、次の手順をふんで計算します。

 (1)対象となる集団に含まれるすべての数値間の差の絶対値を合計して、平均する(これを「平均差」という)。

 (2)全体の平均値を計算する。

 (3)平均差を全体の平均値の2倍で割る(2倍で割るのは、ジニ係数を0と1の間に収めるため)。この結果がジニ係数です。

 たとえば(245万円、362万円、826万円)のジニ係数は次のようになります。
 (1)(|245−362|+|245−826|+|362−245|+|362−826|+|826−245|+|826−362|)/6
=2324/6=387.3(平均差)

 (2)(245+362+826)/3=1433/3=477.7(平均値)

 (3)387.3/(2×477.7)=0.4054

 よって、ジニ係数は、0.4054
 
(注・| |は絶対値記号)

**********以上、日本共産党のHPより***********

●ジニ指数(係数)、0・5

 中国のジニ係数も、0・5を超えているのではないかと言われている。
先にも書いたように、0・5というのは、おおざっぱに言えば、高所得者の4分の1の世帯が、全所得の4分の3を占めることを意味する。
残りの4分の3の人たちは、残った4分の1の所得を分けあうことになる。

 たとえば10世帯の人が、1億円を稼いだとする。
ジニ係数0・5の社会では、2・5人が、7500万円を自分のものにする。
平均所得は、3000万円となる。
残りの2500万円を、7・5人の人が分け合う。
平均所得は、333万円となる。
3000万円と333万円。
その格差は、約10倍となる。

 つまりジニ係数が0・5を超えるほどになると、不公平感が増大し、社会そのものが、不安定化する。
今の日本もあぶないが、中国は、もっとあぶない。
つまりこのジニ係数には、ひとつの盲点がある。

●ジニ係数の盲点

 ウィキペディア百科事典は、こんな例をあげている。
そのまま紹介させてもらう。

『……例えば、ある高級住宅地に年収10億円の人が99人、年収1兆円の大富豪が1人いるとする。
そこでこの高級住宅地に住む100人を対象にジニ係数を計算すると約0.91となり、非常に格差が大きいが、年収10億円でもかなりの高収入であり、この状態が悪いとは一概に言えない』と。

 つまり日本でいう「0・5」と、中国でいう「0・5」には、本質的なちがいがある。
不平等は不平等だが、年収333万円でも、何とかそれなりの生活を維持することができる。
年収3000万円の人を、ときに「うらやましい」と思うことはあるが、「まあ、そんなものかな」と、たいていは黙って見過ごすことができる。

 しかし中国のような発展途上にある国では、そうでない。
1人当たりの国民所得が全体的に低い国では、不平等感は相乗的に大きくなる。
今日の食費もままならない家庭が大半を占める一方で、外国製の大型車を乗り回す家庭が、その隣にある。

 中国政府がもっとも恐れている部分は、実はここにある。
アキレス腱といってもよい。
不公平感が、いつその矛先を中国共産党に向けてくるか。
ハラハラドキドキ!
あの天安門事件にしても、その不公平感が引き金となったことは、よく知られている。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
 
●伊勢海老とイカ

 最近、私はこう思う。
この正月に、伊勢海老なるものを食べた。
(それだけでもありがたいことだが……。)
が、おいしいかったかというと、そうは思わなかった。
量も少なかった。
ただ自分にこう言って聞かせて、食べた。
「これは超高級食材だぞ」と。

 ところが、である。
同時に出されたイカ刺身のほうが、ずっとおいしかった。
味に甘味もあった。
で、こう思った。
「蟹や海老より、イカのほうが、本当はおいしいのではないか」と。

 蟹や海老は、稀少食材。
イカは、今のところ、まだふんだんに取れる。
だから値段も安い。
安いから、「おいしくない」という先入観が働いてしまう。

 つまり「貧富の差も、これに似ている」と。

●心の満足度

 だからといって貧富の差を放置しておいてよいというのではない。
深刻な社会問題である。
しかし「豊かさ」というのは、もっと別の尺度で測定されるべきもの。
「心の満足度」となると、さらにそうである。

 伊勢海老を食べたから、リッチということにはならない。
イカを食べたから、プアということにもならない。
おいしいものは、おいしい。
そうでないものは、そうでない。
いくら高級食材であっても、そうでないものは、そうでない。

 1泊10万円の宿に泊まったからといって、それで満足感が得られるというものではない。
(これはたぶんに、私のひがみによるものだが……。)
1泊8000円の旅館でも、楽しみ方によっては、じゅうぶん、楽しめる。
要は、心の持ち方。
それで決まる。

●マグロ

 で、最初の話に戻る。

 1貫1万円の寿司があったとする。
食べられる人は、それを食べればよい。
が、食べられないからといって、どうということはない。
が、1口、1万円というのは、常識で考えても、狂っている。
マグロ1匹が、5000万円というのは、もっと狂っている。
たかが魚1匹が、5000万円だぞ!

 こんなバカげたことのために、世界経済があるなら、世界経済などクソ食らえ!
もてる者が、「さらに……」と欲張るから、こういうバカげたことが起きる。
が、もてる者が、「私はこれくらいでいいです」と遠慮すれば、こういうバカげたことは起きない。

 ……たいへん残念なことに、今、その貧富の差が、この日本で急拡大している。
恐ろしいほどの勢いで、急拡大している。
同時に、庶民のもつ不公平感も、限界に近づきつつある。
そのひとつが、マグロ。
庶民感覚からすれば、ボッタクリもいいところ。

 1匹5000万円と聞いて、腹立たしく思う人がふえている。
1貫1万円の寿司と聞いて、腹立たしく思う人がふえている。
私もその1人だが、それはけっしてそれを口にすることができない者のひがみではない。
またそうとらえてもらっては、困る。

 「狂っている」という意味で、腹立たしく思う。
一貫、1万円のマグロをパクパク、食べている人がいる。
回転寿司で、2貫、100円のマグロを食べている人もいる。
これが日本の、今の現実ということになる。
ブルームバーグのニュースを読んで、そんなことを考えた。

さて、あなたはどう思うだろうか。

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はやし浩司 2010−01−07記


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